烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)
700年頃から身心清浄を祈って信仰を集め、忿怒(ふんぬ)の形相は厄や魔を遠ざける守護尊として 祀られ、院政期には変成男子法(へんじょうなんしほう)(男子出生祈願)が修行されました。こうした性質から、現在でも受胎祈願・安産祈願・厄除け祈願等の本尊として信仰されています。正山寺では8肘(8本の腕)の立像が厨子に入って安置されています。
陳元贇(ちんげんぴん)(1587〜1672)記念碑
1625年に明国から亡命。武術家として高名であり、手取り術(柔道と十手術を組み合わせた武術と思われる)を日本に伝授し、講道館柔道の源流と言われています。
尾張藩主に招かれ、寺院設計・薬草園などに尽力し、特に尾張藩陶芸に大きな貢献をすることとなり、ベトナム様式の絵付けをした「元贇焼き」は大変な人気を博し、珍重され大切にされました。
85歳の天寿をまっとうし、名古屋の建中寺に葬られています。